HOME » 日本語 » 新聞記事 » 新聞記事を嘆く(42) 接尾語「さ」

新聞記事を嘆く(42) 接尾語「さ」

 まえがきについては、「新聞記事を嘆く(1)」をお読みください。
 今回は「取材考記 苦境のアパレル コロナ禍ばねに再生探る 技術生かし 事業の抜本的改革を」と題する記事で、疑問のある個所をそのまま引用すれば下記のようになります。
 <素材のよさやシルエットの美しさ、細部へのこだわりには、ファストファッション(格安衣料品)などの服とは比べものにならない洗練さがあった>(下線筆者)
 この記事で違和感があるのは、「洗練さ」ということばを使っていることです。三省堂「新明解国語辞典」(1983)の「さ」の項では、これを接尾語として、[形容詞・形容動詞の語幹などに添えて]・・・の程度・・・であることの意を表わす、「おもしろさ・しずかさ」とあります。また日栄社「簡明 口語文法」の形容詞の項には、[接尾語「さ」を伴って名詞となる。高さ 深さ]とあります。今回の記事の「よさ」及び「美しさ」がまさにこの例に当たります。本書の形容動詞の語幹の項には、[接尾語「さ」を伴って名詞となる。「静かさ」「けなげさ」]とあります。本書の助動詞の項に特に記述はありませんが、助動詞「たい」の語幹に「さ」を伴った「見たさ(こわいもの見たさ)」「逢いたさ(逢いたさ見たさにこわさを忘れ)」のような名詞もあります。
 一方、この記事の「洗練さ」の「洗練」は動詞「洗練する」の語幹であり、日本語の通常の用法として動詞の語幹に接尾語「さ」を伴うことはありません。ネットで検索すると「洗練さが感じられる」「洗練さを極め」「静寂と洗練さをお届けする」というような表現が見られるので、「洗練さ」を間違った日本語と決め付けることはできませんが、このネットの例はすべてキャッチコピー、すなわち奇をてらって読者の気をひくための表現であり、特殊な意図をもった造語と言えます。
 この記事はもちろんキャッチコピーではなく、一種の論説のような文章なので、ここに「洗練さ」ということばを用いることは不適切であると言えます。またこの日刊紙が、「本紙の記事は、大学入試の国語の問題によく引用されている」という宣伝をしたりしていることからしても、この新聞社は「我々の書く文章は学生が模範にするに足るものである」と自負しているわけですから、今回のこの記事に「洗練さ」ということばを用いたことは大いに反省すべきであると思います。
  「洗練」は動詞「洗練する」の語幹ですが、この動詞は能動態で使われることはなく、受動態の「洗練され」(未然形の「洗練さ」に受身の助動詞「れる」の連用形「れ」が連なったもの)の形で使われます。例としては「AはBよりも洗練されている」や「洗練されたデザイン」などが挙げられます。「洗練されている」は、未然形の「洗練さ」+受身の助動詞「れる」の連用形「れ」+接続助詞「て」+補助動詞「いる」の終止形又は連体形であり、「洗練された」は、未然形の「洗練さ」+受身の助動詞「れる」の連用形「れ」+助動詞「た」の連体形です。今回の記事は<素材のよさやシルエットの美しさ、細部へのこだわりは、ファストファッション(格安衣料品)などの服とは比べものにならないほど洗練されていた>とすれば、日本語としての違和感がなくなるのではないでしょうか?
 この新聞記事のコピーを見たい方は、ここをクリックしてください。疑問のある個所は、赤い傍線で示されています。

MENU

Copyright(c) 2020 TECHXEL All Rights Reserved.