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新聞記事を嘆く(37) 主語

 まえがきについては、「新聞記事を嘆く(1)」をお読みください。
 今回は「老後レス時代 エイジングニッポン4 働くと生きるは離せない」と題する記事で、冒頭の個所をそのまま引用すれば下記のようになります。
<高齢女性が座ったままの車いすに、手押しポンプで空気を入れる。背筋を伸ばして歩く姿は、女性と同世代とは思えなかった。>
 この記事を読んだ読者に、意味がすぐ分かったでしょうか?第1文を流し読みして、「高齢女性が車いすに座ったままで・・・ポンプで空気を入れる」のかなと思い、いや高齢女性がポンプで空気を入れるはずはないと思って、文を読み直します。すると「高齢女性は坐ったまま」であっただけで、「空気を入れた」のではないことが分かります。それでは「空気を入れた」のは一体誰なのだという疑問が沸き、第2文に進みますが、まだ誰が空気を入れたのか分かりません。そこでさらに第2段落を読み進めてやっと「空気を入れた」のは「鎌田勝治さん」という男性であることが分かります。
 このように最初のことばで疑問を感じさせて、相手の興味を引き、本題に入るという手法は、テレビのニュースなどでよく耳にします。たとえば最初に「遂に中止が決まりました」とアナウンスして、視聴者に「え?何が中止されたの?」と思わせてから、「本日文部科学大臣は、大学入学試験の○○の試験をいったん中止し、その方法について検討し直すことを表明しました」と続けるという手法です。
 しかし、新聞ではこのような手法を使うことはありません。新聞の場合、読者は見出しを読んで興味があれば本文を詳しく読む傾向にあるからです。
 それでは、この記事の改善方法を考えてみましょう。第1文の最大の問題は、助詞「が」の使い方が不適切なことです。ここでも「新聞記事を嘆く(34) 助詞「が」と「の」」で述べた問題が出ています。助詞「の」の用法の一つに「連体修飾節のなかの主語を示す」というのがあります。すなわち今回の記事の「高齢女性が座ったままの」は、「車いす」を修飾する連体修飾節なので、「高齢女性の座ったままの」としなければなりません。この記事が当初から<高齢女性の座ったままの車いすに、手押しポンプで空気を入れる。>となっていれば、「高齢女性が・・・ポンプで空気を入れる」と誤解する読者はいなかったでしょう。ただし、第2文の理解のしにくさは変わりません。やはりこの記事は<鎌田勝治さんは、高齢女性の座ったままの車いすに、手押しポンプで空気を入れる。背筋を伸ばして歩く姿は、女性と同世代とは思えなかった。>、または<鎌田勝治さんは、高齢女性の座ったままの車いすに、手押しポンプで空気を入れることがあった。背筋を伸ばして歩く姿は、女性と同世代とは思えなかった。>とするべきだったと思います。
 この記事はまた「新聞記事を嘆く(36) 「自国ブランド」を思い起こさせます。つまりこの記事を書いた記者の頭には、鎌田勝治さんのことがあって、今回問題にした二つの文の主語は当然鎌田勝治さんであって、本人はこのような文であってもなんら問題があることに気付いていません。筆者は翻訳の仕事をしていますが、和文英訳のときに主語や目的語の抜けた原稿によく遭遇します。これも原稿を書いた本人は分かっているが、他人が読むと何のことか分からないという例の一つです。したがって、この記事のこの部分を英訳しようとしても英訳できません。というのは、英文は命令法以外では主語を必要とするからです。以前にも述べたように、新聞記者や校閲者は、もっと日本語の文法を勉強する必要があり、また読者の頭を混乱させるような文を書いてはなりません。そして新聞社が「教育に新聞を!」というキャンペーンを張っていることを片時も忘れてはなりません。

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