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新聞記事を嘆く(34) 助詞「が」と「の」

 まえがきについては、「新聞記事を嘆く(1)」をお読みください。
 今回は「ジンバブエ「経済改革推進」  大統領、日本の投資に期待」と題する記事で、疑問のある個所をそのまま引用すれば下記のようになります。
 <ムガベ氏が対立していた欧米との関係修復を図っている>
この文だけを読めば、<ムガベ氏が>の助詞「が」は主格を示すので、<図っている>の主語は<ムガベ氏>であるということになります。ところが、この文の段落の冒頭には、<ムナンガグワ氏は>とあって、この「は」は提題の助詞と呼ばれ、これによって文の主題が決まると、その後たとえ読点で文が切れたとしても、主題はずっと維持されるというのが、この助詞の特徴です。主題と主語とは必ずしも一致しないのですが、<ムナンガグワ氏は・・・就任>とあるので、<ムナンガグワ氏>が主語であり、<ムガベ氏が対立していた欧米との関係修復を図っている>の<図っている>の主語は<ムナンガグワ氏>であるということになります。したがって、読者は<ムガベ氏が・・・>を読んだときは、いったん<図っている>の主語が<ムガベ氏>であると思い、そのあと<図っている>の主語が<ムナンガグワ氏>であると思い直すでしょう。このように読者の頭を瞬時であれ混乱させる文は書くべきではありません。
 この混乱を避けるためには、<ムガベ氏が>の助詞「が」を「の」に変えなければなりません。助詞「の」の用法の一つに「連体修飾節のなかの主語を示す」というのがあります。文法書にはこの用法の例として「実のなる木を植えよう」が挙げられています。したがって、今回の記事を<ムガベ氏の対立していた欧米との関係修復を図っている>に訂正すれば、<ムガベ氏>が<図っている>の主語であると誤解されることはありません。
 今回の記事は、完全に間違っているとは言い切れませんが、「教育に新聞を!」というキャンペーン張っている新聞社としては、生徒や学生の模範となる文を書かなければなりません。記者や校正担当者は、もっと日本語の文法を勉強するべきです。「私は、模範的な文章を書かなければならない」、あるいは「私は、模範的な文章になるように校正しなければならない」という意識に欠けているのではないでしょうか?
 
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