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随筆 「圀」という字

 常陸水戸藩の第二代藩主徳川光圀は、別名水戸光圀で、水戸黄門とも呼ばれる。今回は「圀」という漢字について考察してみよう。
 上田萬年他共編の大字典1)の音訓引索引の「くに」の欄にこの字が収録されており、本文を見ると、漢音及び呉音が「コク」となっており、訓は「クニ」となっている。字源の項には「會意。國の一體。囗は四方の境域、八方は四方八方の土地の義也。正字通に曰く唐の武后の時言ふ者あり。國の或は惑也。請ふ武をもってこれを鎮めんと。又言ふ者あり武の囗の中にあるは困と何ぞ異ならんと、復改めて圀と爲すと」と記されている。因みに、見出し字「国」には「國」の俗字と記され、見出し字「囶」には「國」と同じとされている。
 簡野道明の字源2)の字訓索引の「くに」の欄にこの字が収録されており、本文を見ると、「國(囗部八畫)の古字、唐の則天武后の作」とのみ記されている。囶は採録されていない。
 貝塚茂樹ほか編の漢和中辞典3)の音訓索引の「くに」の欄にこの字が収録されており、本文を見ると、「古字。囗部五画【国】を見よ。解字唐の則天武后が國の中に或(惑・まどい)があるのをきらい、囗の中を武とし、さらに圀に変えて国家の理想をこめようとした」と記されている。囶は採録されていない。
 藤堂の漢和字典4)の音訓索引には「圀」は登場しないが、本文の囗部(くにがまえ)には見出し字として登場し、國(=国)の異体字としていて、則天文字であるとの記載はない。なおこの字典では国が見出し字であり、國は国の旧字体の扱いであるが、当用漢字の国は略字としている。この見出し字国の解字欄に「圀くには、唐の則天武后が國クニ(=国)の字が或(=惑まどう)を含むのをきらって定めた文字」と記されている。また囶は採録されていない。
 韓国の漢韓辭典5)では、本文の部首囗に見出し字として圀を挙げており、圀は國の古字としている。因みに、見出し字國の欄には古字として囗囶圀が、俗字として国が挙げられている。
この圀の字は、則天文字として各書で紹介されている。
 外山軍治6)は、「四 帝王の座への接近 則天文字」の項に、「武后のように、全然新しい文字を制定し、その文字を使用したという例はみられない。この新字制定にかつて前例のない女帝になろうとする彼女の不敵な性根をみるように思う」としている。
 駒田信二編「人物 中国の歴史6」7)は、主として唐代の複数の人物を扱っていて澤田瑞穂が「則天武后」について著している。ここでも圀を含む17字を紹介し、圀の元の字は国としている。則天文字の制定について「則天武后は女帝としての正当性を示すために仏教の教説に典拠を求めたり、従来のマンネリズムを打破したりして、新時代の到来を知らせようとの意図で暦法を改正した。いわゆる則天文字を創作させたのも同じ意図による」としている。
 氣賀澤保規8)は、その著書「則天武后」の第17章「武周政権への最終コーナー」で則天文字について触れ、圀を含む19字を紹介し、圀の元の字は国としている。則天文字制定の経緯について「男たちの世界、男たちの思想を説明するのが漢字の役割であって、それを使うかぎり男優先の通念から脱却できない。新字はその字体からしていやおうなしに人の目をひきつける。そこには自分と自分に凝縮した女たちの世界が刻印されていると考えた」としている。
 さて最後になるが、筆者は驚くべき記述を見付けた。上記の「人物 中国の歴史6」の編者である駒田信二は、個々の人物の評伝の前に、まえがきの形で「分裂と統一の中で」という記事を書いている。ここでは、当時の日本と中国の交流の歴史が書かれているが、そこに「小野妹子は、推古天皇の十六年(608)に留学生の送使として再び隋へ渡った。『隋書』によればその名は、下記のように高向玄理ら八人である」と記されていて、何とその8人の中に新漢人大圀(いまきのあやひとおおくに)と書かれているではないか(漢人とは朝鮮からの帰化人で、中国系、新漢人(いまきのあやひと)とは新来の漢人である)。  
 則天武后が、則天文字を発布したのは690年とされている8)ので、それ以前から「圀」の字があったのは明らかである。上に述べたように5種類の辞典(字典)及び3冊の著作すべてで「圀」は則天武后が制定したとされているが、それは典拠となる古文献があったからであろう。それらの文献の執筆者は、上記『隋書』を読んでいなかったのだろうか?しかも著名な漢学者である駒田信二が編者となっている「人物 中国の歴史6」一冊の中の駒田信二と澤田瑞穂の記述に矛盾があるとは信じられない。駒田信二は、編集責任者として澤田瑞穂の記述に目を通していなかったのだろうか?彼は1994年にこの世を去っているので、今となっては確かめようがない。
 
1)上田萬年他共編「大字典」啓成社(1921)
2)簡野道明著「字源」(初版1923、増補初版1955)
3)貝塚茂樹ほか編「角川 漢和中辞典」角川書店(初版1959、62版1966)
4)藤堂明保編「学研 漢和大字典」学習研究社(初版1978、35刷1998)
5)大漢韓辭典編纂室編「教學 漢韓辭典」教學社(初版2001、6刷2013)
6)外山軍治著「則天武后 女性と権力」中公新書(初版1966、5版1970)p.116
7)駒田信二編「人物 中国の歴史6長安の春秋」集英社(1981)p.212
8)氣賀澤保規著「則天武后」講談社学術文庫(2016)

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